2008年」カテゴリーアーカイブ

第18号 2008年12月発行
「今年も本当にありがとうございました。」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)食援隊の細川泰伸です。

商店街にクリスマスのメロディーが流れはじめ
いよいよ冬本番、寒さ厳しい季節になりました。
皆様、いかがお過ごしでしょうか?

こちら高知も、南国とはいえ、やっぱり冬!
11月の終わりから、急に冷え込み、事務所の暖房を入れたところ。。。
「プスっ、プスっ、しゅぅぅうううう」と、嫌ぁぁああ~な予感の音がしまして、
「プスンっ」という気の抜けた音とともに止まりました。

そうなんです。嫌な予感、大的中です。
修理には、部品を取り寄せ、数日かかるとか(トホホ)
しばらく、アンダーシャツは長袖、ズボンの下はパッチetc
おもいっきりウォームビズで、元気モリモリで過ごしたいと思います。
(パッチは、本当に、あったかぁぁ~~~いですね、もう手放せなくなってます。)

それにしても、それにしても、あっという間の12月
皆様にとりましては、2008年はいかがでしたでしょうか?
「充実した一年だった」「念願かなった一年だった」という方もいらっしゃれば
「残念な一年だった」「悲しい一年だった」という方もいらっしゃると思います。

私はと、いいますと
一言で言い表すのは、非常に難しいのですが
「本当にありがとうございます!の一年」でした。

と、いいますのは
今年は、非常に多くのお客様に、十黒梅をご愛飲頂き、そして皆様から
「十黒梅とは運命の出会いでした」
「神様が引き合わせてくれた」
といった、嬉しいお声を、たくさん、たくさん、たくさん頂き、
本当にありがとうございます。
自ら開発した十黒梅が、皆様にお役立てすることができ、
嬉しい気持ち、感謝の気持ちででいっぱいです。

2009年は、さらにさらにさらに
皆様に喜んで頂けるよう、努力して参りますので
どうぞ、これからも宜しくお願いします。

そんな思いをギュッとギュッツと詰め込んだ2009年
来年の話を今から話しますと、赤鬼青鬼に大笑いされそうですが、

私は、
願いよ叶え!初日の出ツアーからスタートする予定です。

場所は、高知県幡多郡黒潮町入野海岸!
太平洋から昇る初日の出に、2009年のお願いをして参ります。

なぜ、この地を選んだかと申しますと
十黒梅開発前より、ドクダミの栽培地を探しておりました。

知り得る所に「ドクダミを栽培して欲しい」とお願いしたのですが
「ドクダミの栽培なんて聞いた事がない」
「作ったら全部、永年、買ってくれるのか?」
「ドクダミが隣の畑に、はびこったらどうするのか?」などなど
まだ製品化に至ってない事で、具体的な収穫量も見えてなかった事もあり
私の説明不足、努力不足、実績不足で、なかなか前に進みませんでした。

そんな中、念ずれば通ずというのでしょうか
黒潮町に以前からお世話になっている方がいらっしゃり
「細川ちゃん、ホントにおもしろい事する人やね」とニッコリ笑って
町の農家さんの家を一緒に訪ねてくださり
今年の春から、栽培の準備をすすめ
「黒潮町ドクダミ生産組合」という組合まで発足して頂き
2009年の本格的な収穫を目指してきました。

今までは、日本国内に限り、主に、千葉・長野・群馬・鹿児島・高知などの
確かなドクダミを原料に使っておりましたが、

さらに、これにプラスする事で
●原料不足の心配がない
●他のドクダミ商品の開発もできる などなど
さらにお客様に、喜んで頂けるよう、お役立てできるように
取り組んでいける環境が整うものと確信しております。

2009年は、今まで以上に、
喜んで頂けるよう、お役立てできるように努力して参りますので、
皆様、何卒どうぞ宜しくお願い致します。
その今年一年の感謝と来年の意気込みを込めまして
皆様に、とっておきの「プレゼント」がございます。
そのプレゼントとは。。。。

同封の
十黒梅(じゅっこくばい)
いつ届くのか、一目で分かるカレンダーです。(*^_^*)
jukko_calender

はいっ♪
月めくり式になってますので、「この日に届く」という日を、
ご面倒をお掛け致しますが、まず真っ先にご記入下さい。

そうすれば、もう安心です。届く日が、バッチリ記入されているので
ご変更がある場合は、カレンダー下記の電話番号まで、ダイヤルすればOK♪
また時間外の時でも24時間対応のインターネットのホームページも
記載しておりますので、簡単アクセス♪

コンパクトな卓上式となっておりますので、
場所を取らず大変重宝頂けると思います。

その他の予定もしっかり書けるスペースもございますので
スケジュールをどんどん書き込んで頂いて
2009年、実り多い一年となりますよう、お役立て頂ければ、幸いです。

皆様にとりまして、来年は幸多き一年でありますよう、心よりお祈り申し上げます。
本年は、本当に本当に本当にありがとうございました。
社員一同、心より、感謝申し上げます。

それでは、失礼します。

細川 泰伸

第17号 2008年11月発行
「見える!という感激」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)食援隊の細川泰伸です。

少し肌寒くなった10月のある日、私は単身、一大決心を肚に固め
飛行機に乗り、大阪に向かいました。

その時の私の乗った高知龍馬空港からの大阪便は
数年前に、機体不良のため胴体着陸で話題になった機と同機種のプロペラ機です。

「変な事にはならないだろうか?」 私の一大決心に一抹の不安がよぎります。
しかし、モノは考えようというか、私があまりにも楽天家なのか
それとも、頭のネジが一本飛んで思考回路が狂っているのか
その機に乗るには、ロビーからの直結連絡通路ではなく
一旦、滑走路に下りて、滑走路を歩いて、その機に乗り込まなければなりません。

そうです、30年程前に、
一世風靡した人気テレビ番組「Gメン75」のように滑走路を歩くのです。
その「滑走路を歩く」という行為が、どんな困難にも立ち向かうGメンのように
私の一大決心を力強いものに変えていきます。

その一大決心とは、、、 目の手術です。

特にここ数年、レーザーによる視力の矯正手術が進歩し
一般的になってきました。私の知人が、その手術を受け
「世界が変わった」「こんなに、明るく、広かったんや」と大喜びです。

さらに、
「朝、目が覚めて、眼鏡は?眼鏡は?と探す目が すごくハッキリ見えて、
あっ!コンタクト外さすに寝たぁ???
あっっっっ!もう眼鏡もコンタクトも要らんのや」と
満面のニコニコ顔の笑顔を見て
非常という言葉が生ぬるい程、興味を抱いておりました。

と、いいますは、小さい頃に、テレビを近くで見過ぎたのでしょうか?
私には小学校に上がる前から眼鏡なしの生活はありえませんでした。

寝る時と視力検査以外は、全て眼鏡をしていました。
視力は「C」の一番上の「0.1」が見えず「0.02」とか、そんな視力です。
眼鏡やコンタクトレンズで矯正してやっと「0.7」程度でした。

当然のように裸眼では、飛んでくるボールなんて見えません。
小さい頃は、悪ガキ連中に眼鏡を取られたり、
中学・高校に入ると「ガンをつけた!」と絡まれる始末
見えない事で本当に嫌な思いをしました。

ですから、「ハッキリ見える生活」 いや、普通の人のように
「普通に見える生活」に全国トップレベルの願望をずっと持ち続けていました。

手術を受けた知人のあまりの喜びように
心がガクンっ!と大きく動かされ、7月に手術前の適性検査を受けました。

結果は、私の目は、乱視が極度に強い等の性質上、
一般的なレーザー矯正ではなく、
目の中にレンズを入れる「眼内レンズ」が適しているとの事。

こうやって、文字にすると大した事のないように思えますし
担当医:「細川さんには、レーシックは無理です。やるとしたら眼内レンズですね」と
必要最低限の言葉で、コンビニで、おにぎりでも買うようにあっさり言うものですから
その宣告(?)を受けたその瞬間は、
「そうなんやぁ~」ぐらいにしか思えませんでしたがっっっ!!!!

目の中に、レンズを入れるぅぅううう!!!!!

一呼吸置いた次の瞬間から、あまりの事の大きさに、
「手術やめようか?」とガクンっ!と心が傾きかけます。

しかしっ、ここは乗りかかった船、何事にも流れというものがあります。
勢い、その場でレンズを注文し、3ヶ月待って、
やっとそのレンズが出来上がり10月の手術当日を迎えました。

病院につくと、私の心臓はバクバクです。
目にメスが入り、レンズが挿入され、装着され。。。
想像するだけで、気持ちが縮んできます。

順番が呼ばれるまでの「その時間」は
ある意味、今までに体験した事のないような肝の冷え方で、とても長い時間に感じました。

待合で待っていると目に眼帯をした、手術後らしき人が
私の横を通り過ぎます。「ああ、数時間後は、ボクも。。。。」と思う矢先
とうとう、「その時」がやってきました。私の順番が呼ばれたのです。

今でこそ、「その時、歴史が動いた」のテーマソングが
頭の中でリピートされ、その時の様子を思い描く事ができますが
本当の「その時」は、そんな余裕は一瞬たりともありません。

覚悟を決め、手術室に入ります。もうジタバタしても始まりません
手術台に横になる様は、まさしく「まな板の上の鯉」です。

手際のいい看護士達がササっと準備をし、担当の先生が、颯爽と登場!
温和な口調で「こんにちは、細川さん、緊張してますか?」と。。。

小声で「はい」と言うのがやっと、、、、、、
しかし、この緊迫した状況(私だけ)の中で
先生の温かみのある「緊張してますか?」のたった一言は
それまで、冷たい鋼鉄のよう感じをしていた手術台が
大きくて柔らかなクロワッサンのような感覚になり、ずいぶんと気持ちが楽になりました。

目に麻酔の目薬が点眼され、何やら、目にサッと走ったような感覚
きっと、メスが入ったのでしょう。
目の手術だけに、やっている事が見えるのです。
見えるだけに、妙に怖いものを感じるや否や

あっ!何か入ったかなぁ~ 急に、ピントが合う!!!というか
ぼやけた視界がハッキリっと!!!!

先生:「レンズが入りましたよぉ~、今から固定しますねぇ~」
すばやい動きであっという間に、無事に手術完了、凄すぎるスピーディーな腕裁き!

おそらく、10分もかかってないでしょう。私が、そう感じたのですから
実際は、5分もかかってないのかしれません。

その日は、眼帯をして完全安静! 一人ベッドの中に潜り込みます。
正直、手術はしたものの、あまり見えてなかったらどうしよう等と
いろいろな心配が、頭をよぎりなかなか、眠りにつくことができません。

大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせると同時に、
いや、きっと必ず、間違いなく、絶対にいい方になるはずだと、
何度も何度も思い込むようにして、なんとか眠りにつきました。
そして迎えた翌日の検診で、眼帯を取り、目を開けると。。。

なんと!  一番下の「C」が見えたのです!
そうです!「2.0」が見えたのです!!!!!!

この驚き!その辺の言葉は安っぽい!物心ついた頃から、いつも霧の中というか、
大きなスリガラスの入れ物の中というか視界は、常に、ぼやけっぱなし、そんな私です。

ハッキリ、クッキリ、スッキリ見えるこの様、 信じられない?まさか夢?
何度も何度も何度も何度も何度も、一番下の「2.0」の「C」を確認して
「右です!」と強く声に出します。(手はガッツポーズです)

この「見える感激」言葉が出ません。改めて医療の進歩の凄さに驚きです。

執刀して頂いた先生、本当にありがとうございました。感謝の気持ちでいっぱいです。

知人が話してくれた「世界が変わった」とは、まさにこの事だと感じました。
視界が明るくなると、気持ちも明るくなったように思います。

今まで、「どうせ見えないから」とあきらめていた事で
意欲が沸かなかった事も「見える」という事で、意欲的に取り込む事ができると思います。
これから今まで以上に、何事にも積極的に前向きに取り組んでいきたいと思います。

それでは、失礼します。

細川 泰伸

第16号 2008年10月発行
「胸を熱くした運動会」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)食援隊の細川泰伸です。

先日、私の長男の通う保育園の運動会がありました。
長男は、年長組でして、今年が最後の保育園の運動会になります。

前日から降りしきる雨が非常に心配でしたが
運動会当日の朝、空は、この日を待っていたかのように
ピタッと雨が止み、明るさを取り戻しました。

運動場は、先生たちの懸命の排水作業で何とか、園児が走り回れる状態になり
この日を楽しみにしていた、園児・保護者の顔に笑顔の花が満開です。

定刻となり、入場口から園児が順番に入ってきました。
先頭は・・・、なぜか私の長男!!!!

どうやら、最近私に似てきて、よく食べるようになり
体つきも、私のようにメタボリック気味です。
体格がいい!!という事で先頭になったと思いますが。。。

体操から始まり、いよいよ競技開始!
一番最初は、年長組の「竹馬競争」です。

スタートラインに、目をやると。。。
トップバッターは、これまた私の長男!

正直、私が竹馬に乗れたのは、小学生の5年くらいだったと記憶してます。
はいっ、私はあまり運動神経のいい方ではありませんでした。

こんな私に息子は似て、しっかり竹馬に乗れるのか?
みんなの前で大恥をかくのではないか? 妙な心配が頭をよぎります。

と、その瞬間!スタートの合図

その合図に、一瞬出遅れた息子でしたが
スタスタスタスタっと直線からコーナーを軽快に周り
バックストレートを何食わぬ顔で颯爽と駆け抜け、トップでゴールを切りました。

どうやら、運動神経は私に似ず妻の方に似たようです。
ホッと胸を撫で下ろします。

思い起こせば、息子は2歳の時から
この保育園にお世話になってます。

一番最初の運動会の時は、まだヨチヨチ歩きで、
「かけっこ」なんかなるはずもありません。
先生と一緒にスタートし一緒にゴールするのがやっとでした。

目の前で繰り広げられている2歳児の競技(?)を見て
4年前の私の息子の姿を思い出し
ずいぶんと、大きくなったなぁ~と
子供の成長に驚くと同時に

私は、この4年、どんな成長をしたのだろうか?
お腹まわりの余分な気になる肉だけが
成長したのではないだろうか?反省の思いに駆られした。

と、反省している間に、
どんどんプログラムは進んでいき、
あっという間に、最後の種目、「紅白全員リレー」がやってきました。

毎晩、保育園の出来事を楽しそうに話してくれる息子の話では、
どうやら、本人は「赤組」のようで、
練習では、いつも「白組」に負けているようです。

自分の順番を待ち構える息子に目をやると
靴のマジックテープを締め直し、やる気満々!

そして、バトンを渡され、勢いよくスタートを切り
歯を食いしばりながら走る息子!
スタートからのリードを少し広げ、
次のランナーにバトンタッチ!!!!

正直、ホッとしました。

何しろ、私は本当に足が遅かったんです(今でも遅いんですが。。。)
私の記憶では、保育園、小学校時代は、
必ず、後ろから数えて一番でした。

リレーの時は、抜かれっぱなし(抜く事は一切ありません)で、
本当に本当に本当に嫌な思いをしました。

私に似て、足が遅かったら。。。。
そんな心配をしておりました。

リレーの結果は、二転三転して、赤組の勝利!
練習でいつも負けていただけに、息子は大喜びをしております。

閉会式の時には、もうこの保育園での運動会は
これで終わりかと思うと
ヨチヨチ歩きの時から4年間、

この運動場で、息子の走り回る姿がありありと思い出され
なんだか胸にこみ上げるものがありました。

4年間お世話になった、保育園と先生に
ありがとうの思いでいっぱいです。

これから始まる明るい子供の将来を楽しむと同時に
それは、お父さん、しっかり!!!お父さん次第!!!!
胸を熱くした、運動会でした。

それでは、失礼します。

細川 泰伸

第15号 2008年9月発行
「熱いけど、笑顔に満ち溢れた夏」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)食援隊の細川泰伸です。

9月に入り、少し涼しくなってきました。
皆様いかがお過ごしでしょうか?

いやぁ~、今年の夏は、本当に暑かったですね
と、いうより、今年は北京オリンピックもあり、
本当に本当に熱かったですねぇ~

毎日毎日、北京のスーパーアスリートの熱さが
テレビ・新聞などからビンビン伝わってきて、
私なんか、もうもうシビレっぱなしでした。

柔ちゃん、内柴選手、北島選手、
女子ソフトボール、星野ジャパン・・・
その他、日本選手団が登場する度に応援に熱が入り、
時間の経つのを忘れる夜も何日もありました。

特に、女子ソフトボールの上野投手の連投熱投には
目頭がジンジン熱くなったのを今でも覚えてます。
金メダル、本当におめでとうございます。

外国人選手で特に印象深かったのは、
水泳のマイケル・フェルプス選手の神がかり的な泳ぎに、
ただただ、驚くばかりでした。

100mバタフライ決勝のゴール寸前
頭の位置は、2位の選手に負けているのに
タッチの差で、100分の1秒上回るすごさ、
国別の400mリレーでは、ラスト数メートルの大逆転
人間業とは、とても思えず、何度も録画の再生を繰り返しました。

それから、やっぱりいいですねぇ~
選手の皆さんの、笑顔!笑顔!笑顔!
練習に練習に練習に練習を積み上げ
4年に一度の大舞台で、力を出し切った満面の笑顔!
あの笑顔は決して作って出せる笑顔ではない!
そう強く感じました。

選手の懸命の姿に、本当に勇気付けられ、心が熱くなり
「熱いけど、笑顔に満ち溢れた夏」
感動のオリンピックを、ありがとうございました。

それから、私にはもう一つ
「熱いけど、笑顔に満ち溢れた夏」がありました。

それは、高知の夏のビッグイベント「よさこい祭り」です。
今年は妻と子供2人が、その祭りに参加したのです。
そうです、踊り子の連の中に入って、踊ったのです。

よさこい祭りは、全国的には
北海道のよさこいソーランの方が有名になりましたが
本家は、こちら四国の高知で毎年、8月9日~12日で行われています。

大音量を出すスピーカーを積み、思い思いの装飾をしたトラックを先頭に
チームそれぞれの音楽に、それぞれの衣装、それぞれの振り付けで
高知市内の演舞場で繰り広げられる「よさこい」は、
踊るもの、見るもの、全てを魅了してやみません。

かくなる私も、大のよさこいっ子でして
学生の頃は、大はしゃぎで、踊っていた時期もありました。
しかし、年を重ねるにつれ「ちょっと、体に堪えそう」という気持ちがあり
ここ数年は、見る専門に徹しておりました。

それもそのはず、猛!猛!猛!炎天下の中ですし
演舞場によっては、踊る距離が数キロもある所もあるのです。
体に堪えない方がおかしいのです。

そんな祭りに、7歳の長女が「踊りたい」と言い出した時は
体力的に心配をし、なんとかやめさせようと、妻と一緒に説得しようと試みました。

しかし、ミイラ取りがミイラになったとはこのことでしょうか、
当の妻の方が、「一緒に踊ろうか?」と言い出し
そして、「ボクも踊りたい」と5歳の息子まで言い出し、
とうとう、親子3人で踊ることになったのです。

えっ?私ですか?  私は、、、、カメラ係りに徹することにしました。
やっぱり、炎天下の中、踊るのは体力的にキツイですよ、本当に

7月初旬より、週3回程度の練習があり、迎えた本番の8月10日11日、
3人は、とうとう最後まで踊りきりました!
ええ、過酷な炎天下の中、しっかりと踊りきったのです。

そして、3人とも、踊りの上手な人や、笑顔で楽しく踊っている人が
演舞場の審査員から貰える「メダル」を首にしていました。

特に、妻は、本部演舞場でしか貰えない、通称「花メダル」というのを
「生まれて始めて貰おうた!」とニンニン笑顔で私に見せびらかしてます。

そして、一日中、炎天下の中、いくつもの演舞場を踊ってきたというのに
「暑い」とか「疲れた」とか、そんな言葉は一切なく、
「来年も踊りたい」「来年はお父さんも一緒に踊ろうや」と
汗だく衣装を着た3人が、ニコニコ笑顔で私を囲みます。

一生懸命に練習をして、本番でメダルを貰う!
よさこい祭りは、どこか、オリンピックに似たところがあるのでしょうか?

なんだか3人の笑顔が、オリンピックのメダリスト達の笑顔と
少しだけ少しだけ少しだけ、リンクしたような気がして、とても微笑ましく見えました。

その日ちょうど、家族ぐるみでお付き合いをさせて頂いている
長野県の親子が、はるばる高知まで遊びに来ていました。

私たちの様子を見たお子さんは、すっかり来年は踊る気満々です。
来年は、一人で先に高知にきて、我が家でホームステイ(下宿)して
しっかりと練習し、本番を踊りきるんだ!と目を輝かせてました。

「熱いけど、笑顔に満ち溢れた夏」
今年の夏ほど、そう感じた夏はありません。

来年は、下宿生(?)も増え
さらに、「熱いけど、笑顔に満ち溢れた夏」になると思います。

えっ!? 私もですか? 私が踊ったら、、、、
「熱苦しいけど、笑顔に満ち溢れた夏」になりそうで。。。。

来年のお楽しみですね

それでは、失礼します。

細川 泰伸

第14号 2008年8月発行
「細川泰伸 ダイエットプロジェクト」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこくばい)食援隊の細川泰伸です。
今回は、7月の中頃、しばらくお休みしていたプールに行った時のお話です。

ロッカールームで、水着に着替えていると、
なんだか、水着が小さくなったように感じるのです。

誰か他の人の水着と間違えるはずもないし、妙に、おかしいなぁ~と思いながらも、
もしかして、間違えていたら大変だと思い、
一度、足を外し、中のタグに記されているサイズを確認!

どう見ても、縦にしても見ても横にして見ても
そこには、明らかに私のサイズの「O」のままで
決して、ワンサイズ下の「L」ではないのです。
はいっ!間違いなく、私の水着でした。

水着がそうやすやすと縮むはずがありませんので
と、いうことは。。。 私が「太った」ということになるのでしょうか?

そんな当然の図式の心配を、ちょっとだけ否定しようと、
必死になって、別の理由を必死になって考えてましたら

いつも、プールで顔を合わせる「おんちゃん」が来まして
(高知では、おおよそ30歳以上の男の人には、
40歳であれ、70歳であれ、愛称をこめて、おんちゃんと呼びます)

おんちゃん:「・・・・(一瞬、知らない人を見たような眼差し)
誰かと思うたら、サボリンピックの金メダリストか!」
私がずいぶんとサボっていたので、このように声を掛けてきました。
そしてさらに、
おんちゃん:「顔が違うき、誰かと思おうたやいかぁ~
しばらく見んうちに、肥えたにゃぁ~」と言うのです。
私:「ぇぇぇえええええ!!!!!!
見間違うばぁ~、肥えちゅうですかぁ~」と聞き正すと
おんちゃん:「間違いない、もしウソやと思おうたら
体重計に乗ってみいやぁ~」と笑いながら言うので
私は顔は笑いながら、気持ちは冷や汗ダラダラで、体重計に乗りますと。。。。

なんと!!!!!!!!
7kgアップの重量が
デジタル表示されているではないですか!!!

そういえば、ここのところ、プールを休んだ事はもとより
自転車通勤も、梅雨時の雨を理由に、
「朝は晴れていても、夕方は雨かもしれない」と車通勤をしてました。
朝のウォーキングもさぼってましたし、
食事も不摂生をしてました。
飲み会も誘われると、二つ返事でスキップをして行ってました。

反省することばかりで、プールに入るといつも顔を合わす別のおんちゃんが
おんちゃん:「太いがが入ったらいかんプールの水があふれて、無いなるやか」と
アルキメデスの法則を利かした冗談(?)をぶつけてきました。

その後、顔を合わす人、顔を合わす人が異口同音に
「太った」「肥えた」「メタボ」「腹がポニョポニョ」・・・と声を掛けてきます。

そう言えば、最近よくウチの子供達が私の前で、
「ポ~ニョ♪ポ~ニョ♪ポ~ニョ♪」と
映画『崖の上のポニョ』の歌を歌っておりますが
これは、もしかしたら、私のお腹をみて「ポニョポニョ」と歌っているのでしょうか?

ここはもう、私にはダイエットをする道しかありません!

【1】朝は1時間ウォーキング
【2】通勤は、自転車、
【3】プールは休まない
【4】暴飲暴食はしない
【5】飲み会は・・・・どうしてもの会だけ行く(ちょっと声が小さい)
という、5つの決め事をしました

それでっ! 2週間が経過! ええ、頑張りました、
朝は欠かさず歩きましたし、通勤は自転車で頑張りました
プールも欠かさず行って泳ぎましたし
暴飲暴食もしてません、飲み会にも行ってません。

2週間、なんとか、頑張りました!
何だか、ズボンもちょっとゆるくなったよう気がしております。
(妻が横で、ズボンが伸びたんじゃない?と言っております。)
まぁ~、確かにベルトの位置が変わってませんので
妻の言うことが本当なのかもしれません。

しかし!ベルトの位置で判断するのはちょっと話が早すぎます。
大体、お腹の肉が一番落ちにくいとしたものです。
ここは、ベルトで測るよりも、この2週間の成果を確実に測れるものがあります。

そうです!体重計です!デジタル表示で、正確無比に、
この2週間の成果を公然と見せてくれます。

ええ、頑張りましたから、この2週間
自信満々に乗りました、体重計に!
体重が落ちているのは、当たり前でしょう!

・・・でっ!その数字を覗き見る妻
体重計の上で、腕組みをしてニンニンしている私に
妻:「あんまり変わってないよぉ~」とニタニタと。。。。

そんなはずは。。。。と自分の目で、そのデジタル表示を見ると
そこには。。。。紛れも無く
7kgアップの数字があるではないですか!!!!

(───┬───__───┬───)
思いっきり泣いてます。

ダイエットは1日してならず
改めて、そう実感致しました。

まぁ~、しかし、2週間では、成果も出ないでしょうし
朝1時間歩くと、1日何だか体に張りがあって気持ちいいんです。
自転車通勤だと、ガソリン代も気にならなくて済みます。
プールで泳ぐと、泳いだ後のビールの味が最高です!

あっ!このビールがいけないのでしょうか?

ともあれ、「継続は力なり」という言葉を信じて
続けれる事だけ、続けるよう頑張りたいと思います。

それでは、失礼します。

細川 泰伸yasu051

 

第13号 2008年7月発行
「一年に一度、ドクダミの季節、ドクダミ石鹸・化粧水にチャレンジ♪」

こんにちは、失礼します。食援隊の細川泰伸です。

岩手県・宮城県の地震災害のニュース、本当に心痛む思いがしております。
それから、九州の大雨の知らせ
当地・高知でも10年程前に大雨の被害があり
その時の悲惨な状況が、まざまざと思い出されました。
被災されました皆様、心よりお見舞い申し上げます。
1日でも早い復興を切にお祈り申し上げます。

こちら高知の方は、梅雨明けが待ち遠しい今日この頃、
山には、ドクダミが雨の雫を受け、葉がつやつやとしています。
中には花が、もう枯れ始めているところもありますが
ドクダミにとっては、今が一年の中で一番いい季節です。

そこで今回は、ドクダミを使った
「ドクダミ石鹸の作り方」「ドクダミ化粧水」の作り方をご紹介します。

《ドクダミ石鹸の作り方》

ドクダミの青汁約200mlを加熱し、
この中に市販の化粧石鹸1個を
削って細かくしたものを、徐々にいれて溶かします。

【注意】
このとき、火加減に注意し、
吹きこぼれないように、
焦げつかないように、冷えないようにします。
直火でするほうが楽ですが、
焦げやすく、吹きこぼれやすい欠点があります。

時間がかかっても、きれいな石鹸にしたければ
湯煎で溶かすようにします。

よく溶けて混ざったら火を止め、
かき混ぜながら冷やします。

【補足】
ドクダミを多く入れたければ、
青汁を煮つめたもの
約200mlを入れます。
この場合は、濃度にもよりますが、
かなり多量のドクダミが必要です。

生のドクダミがない場合は、
乾燥したドクダミの煎液を
同様に200ml入れれば作れます。

●ポイント
よく冷えるまでかき回し続ける事が大切です。

《ドクダミ化粧水の作り方》

【1】青汁とグリセリンによる化粧水

ドクダミの青汁は1~2日おけば、悪臭がなくなるものですから
多量に青汁を作っておき、冷蔵庫で保存します。
この汁を、化粧水や化粧の下地として、
また洗顔後の肌の手入れ用にお使い頂けます。

ドクダミの青汁を夏に室温で数日間放置すれば、
腐敗したようになり、ドクダミの臭いが消えていたのに、
再び、嫌な臭いが生じるようになります。

それを防ぐには、多量のドクダミが採れたなら、
1~2割のグリセリンを混合するほうがよいと思います。

ただこの場合、かすかなべとつきが生じて、
使用後感が少し悪くなります。
しかし、生のドクダミの持っている粘液物質と
グリセリンとが混ざり、適当な保湿性をもった化粧水となります。

また、できたドクダミ化粧水に臭いが残った場合には、
臭い消しのために、1割程度のレモン汁を入れるのも一つの方法です。
完全には消えませんが、それ程気にならない程度になります。

【2】青汁と純米酒による化粧水の作り方

無添加純米酒が手に入るなら、酒一升に
ドクダミの青汁(2日間冷蔵庫でねかせたもの、または、
青汁を電子レンジで加熱したもの)をコップに3杯程度
(約600ml。量は増減してもよい)の割合で入れ、
台所などの涼しいところで、約1ヶ月間、
ねかせたものを化粧水としてお使い頂けます。

一年に一度のドクダミの季節、
是非、ドクダミ石鹸・ドクダミ化粧水作りに
チャレンジしてみてはいかがでしょうか?

皆様のイキイキ元気生活のお役に立てれば何よりです。

それでは、失礼します。

細川 泰伸

第11号 2008年5月発行
「大自然に、地元の皆様にありがとう、アメゴ釣り大会」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこいばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも、十黒梅(じゅっこくばい)をご愛飲頂きまして、本当にありがとうございます。

4月20日大安吉日、家族4人で、四万十川が流れ、大自然豊かな
高知の西部・中土佐町大野見地区に行ってきました。

この日は、この大野見で「アメゴ釣りな祭」というイベントがあり
家族4人は、前日から本当に楽しみにしていました。
(一番は、どうやら私のようでしたが・・・)

午前7時、釣りスタートというスケジュールで、6時過ぎに現地に到着したのですが、
すでに、車はいっぱいです。中には、関西地区のナンバーの車もあり驚きです。

前日にニンニンして作った仕掛けをセットし、エサをつけ
子供に竿を持たせ釣り開始の合図を待ちます。
場所は、子供用に特別に石で囲って作ったイベント用の池です。
(子供用ですから、入れ食い状態の釣堀です)

そして、合図ともに、その入れ食い状態の子供用の池に第1投を!
竿が!クイっ!クイっ!いきなり、小学校2年になったばかりの長女にアメゴがヒット!
そして、年長さんになった長男の竿にも続いてアメゴが!!!!
長女も長男も本当に大喜びです。

私が小学生だった頃は、川や池や海に、竿をもってよく出かけたものでした。
小学生が竿を片手に自転車に乗っている光景も当たり前だったように思います。

最近では、そういった事も少なくなり、たまには、
自然の中で魚を釣る楽しさを味わって欲しいなぁと思って、
足を運んだイベントでした。長女と長男の大喜びの顔を見て、
少しは父親らしくできたかなぁ~と嬉しくなり、
第2投、第3投と、調子にのって次のアメゴを狙います。

がっ!事は順調に進まないのが世の常、
狭い池に多くの子供が殺到しているので糸が絡んで大変です。
縺れては、解き、解いては縺れ・・・・また、アメゴの仕掛けなので仕掛けが細く
解くのが大変で、結局は切って、はじめから作り直す始末。
まぁ~、釣りとはこうしたものでしょう。
結局、2時間あまりで、12匹ほどの釣果で大満足の4人、

しかし、ここからさらに凄い事が待っていました。
竿をたたみ、お昼ご飯を食べるよう、イベント本会場に足を運んだところ
途中で、「ニラ投げ大会」のイベント会場にぶつかったのです。

そうです。ニラレバ炒めや、ニラ玉など思わずビールが進む、
あの人気メニューの主役の「ニラ」です。
大野見では、ニラを生産されている農家さんが多く、
PRの一環で「ニラ投げ大会」が企画されてました。
(陸上の槍投げ競技の槍の代わりに、
ニラを一本投げ、その飛距離を競う競技です。)

参加賞に「ニラ」が貰えるということで
妻:「タダでニラが貰えるき、出よう♪」と目の色を変えてエントリーしました。
(どうやら、今夜のメニューはアメゴの塩焼きとニラ玉で決まりのようです)

エントリーナンバー1番の方から順番に、力いっぱい、ニラが遠投されます。
がっ!その投げる力とはウラハラに、ニラは「ふわりぁぁあああん」と宙を舞い、
数メートル先の地面に力なく落下します。
ニラって、結構前に飛ばないんですよぉ~

満を持しての地元の野球少年の登場! ビュっ!と投げたニラが
グイィ~と弧を描き、7m65の今大会新記録が叩きだれました。
いやぁ~、さすが野球少年、飛ばないニラを7m65も飛ばすとは・・・

その後、なかなかそのレコードが、破られずにいましたが
(ニラって、本当に遠く飛ばないんです)
地元の学校の先生が登場し、意地の投ニラ(?)で、8m20の大記録が出ました。
さすがは、先生! 生徒には負けれん!という熱い思いがあったのでしょう。
地元の学校の一コマを垣間見たようで微笑ましいです。

そして、いよいよ私の出番!
長女&長男「ぱぱぁ~、がんばってよぉ~」という、
元気100倍の声援を受け、ニラを右手に持ちます。

まぁ~しかし、いくら元気100倍になったとはいえ
そもそも、遠投とか、この手の競技は、生まれた時からいい思いをした事はありません。
参加賞狙いの軽い気持ちで、振りかぶろうとしたその時!私の後ろから、
強烈なその日一番の突風が吹いてきました。(きっと子供達が吹かしてくれたのでしょう)

まさか、この風に乗ればっ!そんな、超ぉ~甘い考えが頭に浮かび
渾身の思いを込めてニラを投げると・・・・

その、超ぉ~甘い考え通り、その風にニラがドンピシャで乗り
ニラが大きな弧を描き、着地!その距離、なんと9m10!!!!!!

大会新記録(今年で2回目らしいですが)の大記録が飛び出しました!
いやぁ~、驚き、桃の木、山椒の木とは、まさしくこの事で本人が一番ビックリしてます。

結局、この記録が最高で、子供達が吹かしてくれた、あの神風のお陰で優勝しました。
子供達には、いい所を見せることができ本当にいい思いができました。

その後は、地元で獲れたイノシシのシシ鍋、七面鳥の焼き鳥に舌鼓を打ち
メインイベント、子供達が一番楽しみにしていた「アメゴつかみ取り大会」を待ちます。

開始30分前に、そのイベント会場に行きベストポジションをキープします。
長女・長男の目はギラギラで半ズボンに素足で池の中に入り
虎視眈々と池の中に放流された獲物を狙っています。

池の中には、アメゴの他にも、マスそしてウナギが放流され
開始5分前には、東京の山手線を彷彿させるひしめき合い!
こんな田舎に、こんなに人がいたのか?目を疑う思いです。
スタートの合図に、池に飛び込む子供達
しかし!あまりの人の多さに、水が濁ってしまい、獲物が全く見えません。

しばらくすると、30cmを越える大きなマスを両手につかんだ長男が
「ぱぱぁ~、つかまえたぁ~」と雄たけび!

長女はというと・・・  少し怖がって、なかなかうまくいきません。
でも、本人はどうしても捕まえたくて捕まえたくて・・・

30分程、過ぎたあたりでしょうか、
長女の両手に、黒いニョロニョロしたものが見えました!
そうです!念願の獲物!ウナギがそこにありました。

腰につけたビニール袋に、驚いた表情をしながらも、一生懸命になって
ウナギを入れるその姿に思わず「がんばれぇ~!」と声援が飛び出ました。

無事に、ビニールの中に捕まえたウナギを入れた長女の表情は
今までに見た事のないホッとした表情で
いつもは見えない長女を見ることができ
何とも言えない温かい気持ちになりました。

その日の長女の日記にも
「うなぎは、こわかったけど、うれしかった」とあり
本当に怖かったんだろうな、
でも、本当に嬉しかったんだろうな
妻と目を合わせ、微笑ましく感じました。

大自然を思いっきり満喫できた「アメゴ釣り大会」

自然は、私たちに「嬉しい」とか「温かい」とか
時には「怖い」とか「悔しい」とか、
いろんな感情を教えてくれる。と感じました。

楽しい思いができた「大自然」に
そして、大野見の地元の皆様に、
ありがとうの気持ちいっぱいです。

それでは、失礼します。

細川 泰伸
yasu-amego

第10号 2008年4月発行
「ニコニコ笑顔の卒園式」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこいばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも、十黒梅(じゅっこくばい)をご愛飲頂きまして、本当にありがとうございます。

桜の開花が寸前のうららかな陽気に包まれた3月22日土曜日の事
私の長男が通う保育園で、卒園式があり、私は出席してきました。

長男は、この4月から年長組です。もう一年お世話になる事になりますので
本来ならば、この式の卒園児の保護者ではない私は、出席できないのですが、
式の在園児保護者・挨拶の大役に指名され、出席しました。

昨年のこの日は、長女が同じ保育園を卒園した日です。
もうあれから1年も経ったのかと思うと
あっという間の1年だったと月日の速さを感じられずいられません。

門をくぐり、子供用の天井のちょっと低い教室に入ると
真ん中には、これから子供たちが座る、
これまた子供用のかなり低い椅子がずらっと並べられています。

その奥に、保護者用の椅子が並んでおり
この日を楽しみにしていた卒園児の保護者の皆さんが座っていました。

中には、子供を迎えに行った時にちょくちょく顔を合わせる方もいて
軽く会釈をして、指定席に腰を下ろし、
これから挨拶で話す内容を書き留めた台本(カンニングペーパー)を
ポケットから取出します。

私は、中学・高校の時には、学校の弁論大会に2度出た経験もありますし
友人の結婚式では、友人代表や司会の経験も何度もあります。
会社では、毎日の朝礼や会議とかで話をする事が多く
やはり、そういった経験がものをいっているのでしょうか
「人前で話す」というのは、それほど苦にしているわけではありません。

しかし、今回は今までのようにはいかないと
妙な緊張感、独特な緊迫感を感じられずにいられません。

なぜかというと、今回スピーチする相手は「保育園児」です。
保育園児に分かりやすい表現で話す必要があります。

前日の台本作りには妻と大討論の大騒ぎで
あらかじめ数日前より、こんな事を話そうかなぁ~と
軽くまとめたものを妻に話すと

「そんな内容では、子供が分かるわけがない、もっと分かりやすく」とか
「そんなにたくさんの事を言うと、子供が理解できない」とか
当日、どちらがスピーチするのか分からない状況でした。
(まぁ~、それだけ真剣に考えてくれているのでしょうが・・・)

あ~だ、こ~だと大騒ぎしながら
いろんな事を話すよりも内容を一点に絞った方がいい
自分たちの子供達に一番伝えたい事をテーマにしようと話合い

「ニコニコ笑顔」をメインテーマにし、
「笑う門に福来る」「ニコニコ笑顔にはいい事が多いと言われている」
「小学校に入ったら、ニコニコ笑顔でたくさん友達を作ってね」
などなど肉付けし、わかりやすさ重視でようやく台本が出来上がりました。

台本(カンニングペーパー)に目を通す事3回
定刻になり、かわいいフォーマル姿の卒園児が教室に入ってきました。
みんな、しっかりさんになって、自分の席に座ります。

司会の先生からの式の開始の挨拶があり
卒園証書の授与、園長先生の挨拶と順番にプログラムが進みます。
後ろや横から卒園児の保護者さんの啜り泣きの声が聞こえ
教室は、感動の空気に包まれていますが
私だけは、変な緊張感に包まれ、妙に落ち着かないまま、時が流れます。

司会の先生:「在園児保護者挨拶、細川さんお願いします」
とうとう、私の順番がやってきました。

壇上(壇上といっても低いのですが・・・)に上がり
さぁ!これからスピーチ!と思いきや
私の視界に、保育園児の顔がないんです。

そうなんです。スピーチをする相手は保育園児なので、
いつも朝礼や会議で話をしている相手の高さではありません。
ずっと、ずっと、ずっと下に保育園児の顔があるんです。

別の世界にきたようで、一瞬、気持ちがグラグラっときましたが、
ここは、しっかりとしなければなりません。
グッと息を飲み込み、スピーチを始めました。

「できるだけ、ゆっくり」
「できるだけ、わかりやすく」
「ニコニコ顔で」

前の夜、妻からアドバイスをもらった
この3つの注意点を意識して・・・

話すべき事は全て話し、挨拶をして席に戻った時は
本当にホッとしたというか、無事に終わって気が休まったというか
今までとは違う安堵感に包まれながら
卒園児のしっかりさん達のあまりの愛らしさに
心を奪われ式を楽しみました。

後日、保護者の方々や先生から
「あの時のスピーチはすごく良かった」
「子供がニコニコ笑顔のお話を覚えてくれてた」
「卒園の門出にいいお話をありがとう」
などなど、嬉しいお声を頂きました。

改めて、しっかりスピーチできて本当に良かった
これもそれも妻の大激論、アドバイスのお陰だと感謝したことでした。
と同時に、自分も今まで以上に「ニコニコ笑顔」でいるよう
心がけたいと思います。

それでは、失礼します。

細川 泰伸

第9号 2008年3月発行
「久しぶりに心がジジジィィィ~~~ンとなる本を読みました。」

こんにちは、失礼します。
生搾りどくだみ青汁酒・十黒梅(じゅっこいばい)の食援隊、細川泰伸です。
いつもいつも、十黒梅(じゅっこくばい)をご愛飲頂きまして、本当にありがとうございます。

先日、久しぶりに心がジジジィィィ~~~ンとなる
本を読みました。
その本は「ビゴのフランスパン物語」という本です。

この本を読むにあたり
なぜ、読む気になったのか、なぜ、選んだのかといいますと
理由は、3つあります。

まず、1つ目は
知人の紹介です。その方はいつも私にすばらしい本をご紹介くださり
今回も、この方の推薦なら間違いないと感じました。

そして、2つ目は
元来、私は食いしん坊で食べることが大好きです。
食の道一筋でずっと来たのも、好きだったからだと思います。
ビゴさんが指導した「ドンク」のフランスパンを初めて食べた時
パンの皮が、カチカチで最初はとても食べれなかったのですが
口の中で何回も噛んでいると、なんとも言えない旨みが広がり
それまで私が食べてきたパンの世界を一新させる程の強烈な力があり
すっかりファンになってしまっていました。
そのビゴさんのフランスパンの秘密を少しでも垣間見れれば・・・
そんな思いがありました。

最後に3つ目は
ビゴさんは、日本にフランスパンを広めた第一人者の方です。
今までなかったものをゼロから広めるという意味では
今、私どもが皆様にお届けしております「十黒梅」と
どこか、共通しているところがあるのではないか?
そう感じたからです。

本を開き、読み進めていくと
そこに書かれているビゴさんは
一言でいえば「下町のがんこおやじ」というか
華やかという言葉とは程遠い
地道で頑ななビゴさんがありました。

深夜12時から、ただひたすら、
お客様が喜び、自分が納得のできるパンを
作り続けています。

ビゴさんのパンは、まるで自分の子供を
生み育てるようなパン作りの印象をうけました。

ビゴさんのプランスパンの材料は
何かものがあるかといえば
全くそうではなく、水・小麦粉・塩・酵母のこの4つだけです。

そして、特別なレシピやマニュアルがあるかと思えば
これまたそうではなく、その日その日の状態で
練り具合を目で確かめ、指で確かめ、香りで確かめ
音で確かめ、味で確かめながら作っていくものでした。

それは、パンは、材料を醗酵させ、焼き上げて作ります。
その日の天候、温度や湿度によって
醗酵の具合が変わってきます。

マニュアル的に、分量や混ぜ合わせる時間・力を同じにしては
その日のそれらの自然の状態によって、
醗酵が進まなかったり、逆に進みすぎてパンにならないのです。

ですから、五感を研ぎ澄ませ
それら自然の状態の中で、材料をベストの状態に合わせる事が
おいしいパン作りには必要になってくるのだそうです。

本を読み進めいくと、

ビゴさんは、掃除を徹底する
ビゴさんは、材料を無駄にしない
ビゴさんは、決して手を抜かない
ビゴさんは、頑なフランスパンの文化を守り続けながらも
日本の文化も容認し、パンに活かしている
ビゴさんは、陽気な関西弁でユーモラスに誰にでも話しかける
という人物像が伺えました。

そして、読み終わった時に
なぜ、ビゴさんのフランスパンが日本中に広まったのか?
なぜ、ビゴさんを日本のパン職人が慕ったのか?
その答えを私なりに考えると

マニュアルに頼らず、五感を大切にする製法にしかり
掃除の徹底や、材料を無駄にしないところ、手抜きをしない
文化を大切にするところ、ユーモラスなところ

すべては、お客様においしく食べて頂く「思いやり」
物や材料に対する「思いやり」
一緒に働く人への「思いやり」が
大きなコアの部分になっているように強く感じました。

私たちの身の回りを見渡したとき
中には、マニュアル至上主義的で、どこか「思いやり」の気持ちが
欠けている事も一部に見受けられるような気がします。

私の経験でも、そのような事が過去にありました。
それは、学生学時代のステーキ屋さんでのアルバイトの事です。

アルバイトの初日そうそう、
私は全く予想をしていなかった一言、
「細川君、肉を焼いて」と言われたのです。

私は、正直驚きました。
それまで、全く調理経験はありませんでしたので
料理を運んだり、皿洗いをする事が
アルバイト先での私が担当する仕事だと思ってました。

目を丸して驚く私に、
「ここにタイマーがあるでしょ
肉を鉄板の上に載せて、タイマーを押すと
数分後に一回目のタイマーがピピッと鳴るから
そしたら、肉をひっくり返し裏面を焼く
それから、数分後にもう一回タイマーが鳴ったら完了
お皿に、肉を移して、ソースをかけて出来上がり
ねっ、簡単でしょ、ここにそのマニュアルが書いてるから
読みながら焼いてみて」と、
先輩は、気のない声で淡々と教えてくれました。

私は何か違う気がして、お店のオーナーにこの事を相談すると
「マニュアル化する事で誰でも焼けるようになる
誰でも焼ける事で、賃金の高い職人さんでなくてもよくなるし
職人さんごとの味に頼らなくてよくなり、いつも同じ味になる
だから、お客様に、いつも安くステーキをご提供できる」と
いう返事が返ってきました。

確かに、お客様に安価に安定した商品をご提供することは
お客様に、大きなメリットがあります。
しかし、私は心の中で何か違和感を感じていました。

今思うと、それは、
「食べる人を思いやる気持ちが大事」
ではないだろうか思うです。

単なるアルバイトでも、いくら資格をもった職人さんでも
食べる人への思いやりがなければ、きっと、それはいいものではない、
おいしいものではないと思うのです。

それを考えると、お母さんの料理がなぜおいしいのか?
それは、家族を思う愛情たっぷりだからではないでしょうか?

近年、食品業界で不祥事が相次いでいます。
内情はよく理解できていませんが
何か、「相手を思いやる気持ち」が
欠けている事が原因のように感じています。

十黒梅は、「家族に食べさせたい、飲ませたい」を
商品開発の大きな柱にして出来上がりました。

ビゴさんの思いとどこか通じているところがあるような気がして
少し嬉しくなると同時に、今後の商品開発も、この思いを大切にしたいと
「ビゴさんのフランスパン物語」を読んで改めて強く感じました。

今回、すばらしい本に巡り合えて、本当に良かったです。

それでは、失礼します。

細川 泰伸